一般市民が行うAEDを使用した早期除細動(PDA)
1.はじめに 1986年1月22日のダイエー対日立のバレーボールの試合中にフロー・ハイマン選手が突然倒れ、試合が中断することなく、試合会場から担架で運び出されるTVニュースが米国で放送された時、ニュースを見ていた米国人から、「なせ、日本人は心肺蘇生法をしないのか」との批判を受けた。目の前で人が突然、倒れた時、すぐさま意識の確認を行い、意識がなければ、救急車を呼ぶ「命の危機管理教育」がなされてないことを感じ、1987年の帰国後、心肺蘇生法の普及を開始し、1990年からは心肺蘇生法県民運動に発展し、5年間で540万人の兵庫県民の内の約2割の108万人の講習実績を達成した。 2002年11月21日のカナダ大使館で起こった高円宮殿下(47歳)のスカッシュ練習中の心臓突然死、11月22日には福知山マラソン中に58歳と59歳の男性、同日の名古屋シティマラソン中に58歳の男性が心臓突然死で死亡する事故が重なった。いずれの事例でもその場に居合わせた大使館員、マラソンでは沿道5Kmごとに配置されていた救命士、参加者の医師、看護師による心肺蘇生法がなされ、一見、救命リレー(Chain of Survival)の連携がスムーズに行っているかに思えるが、いずれの事例も自動対外式除細動器(AED:autometed external defibrillator)があれば救命された可能性がある。 心臓突然死に対する心肺蘇生法の普及の観点からは隔世の感があるが、これらの事例の救命には、米国心臓協会(AHA)心肺蘇生法(CPR)国際ガイドライン2000(以下、AHA国際ガイドライン2000)の中で推奨されているすぐ隣の一般市民がAEDを用いて除細動を行える体制づくりが求められる。本稿では、AHA国際ガイドラインに提唱されている新しい救急救命法についての考え方を説明し、日本における今後の展開を述べたいと思う。 2.米国心臓協会(AHA)心肺蘇生法国際ガイドライン2000 2000年に発表されたAHA国際ガイドラインでは、目撃された心臓突然死患者の現場心電図の大部分が心室細動であるという疫学的根拠に基づいた最も有効な救命法が述べられている。心臓突然死患者の救命率は、心肺停止から除細動までの時間が1分遅れるごとに7〜10%低下し、心肺停止から12分以上経過すると、その救命率は2〜5%に過ぎない。このことから、早期除細動は、成人心臓突然死患者を救命できるかどうかの唯一かつ最大の有効手段であるとした。 AEDの開発により、心室細動の自動認識精度には絶対的信頼があり、その小型軽量化は救急現場での早期除細動が容易になった。さらに、バッテリー寿命は5年間で、その間、自動的に作動チェックが行われるために、従来煩雑であった保守点検が不要となり、消火器のごとく空港、駅などの公共施設、集客施設に設置することができるようになった。 地域社会における心臓突然死患者の救命には、通報を受けてから除細動まで5分以内に行える救急医療体制(クラス?)が勧告されている。AEDが自動認識し、除細動が可能である"粗い心室細動"を維持するためには、すぐ隣の人(バイスタンダー)による「一人で行うCPR」を始めとするBSL (Basic Life Support、一次救命処置)の社会普及がなお一層重要になっている。 AHA国際ガイドライン2000は、心臓突然死患者に対して「地域社会は究極の冠疾患集中治療室(CCU)」を基本理念に掲げ、その実現のためにBLSにAEDの使用を組み込んだ新しい救命蘇生法を普及啓発し、最終的には一般市民を含めた非医療従事者によるパブリック・アクセス除細動(PAD:public access defibrillation)プログラムを提唱している。 3.新しい救命蘇生法の提唱:AEDを用いたBSL AHA国際ガイドライン2000におけるもう一つの大きな変更点は、一般市民には迅速な通報と心臓マッサージのみを行うだけでよい簡易化したCPRとした点である。この背景には、欧米でのAIDSなどの感染症の拡がりに対して口対口人工呼吸に抵抗感を感じる一般市民が多くなっており、救急現場でのCPR施行率が低下している現状がある。 幸いなことに、従来のCPR法に対して医学研究面からの見直しがなされ、早期除細動を前提とする場合には、むしろ心臓マッサージのみを行う方が除細動可能な心室細動(粗い心室細動)を維持するのに有利である根拠が示された。従来から心臓マッサージによる循環維持の目的において虚血に弱い脳細胞に対する脳循環の確保が強調され、心肺蘇生法(CPR::Cardio-Pulmonary Resuscitation)よりも心肺脳法(CPCR:Cardio-Pulmonary Cerebral Resuscitation)の名前が適していると言われていた。しかし、心臓に対する冠動脈循環面から見ると、前胸部圧迫解除時の大動脈圧(拡張期圧)が高ければ高いほど有効な冠動脈灌流圧が得られ、より多くの冠動脈血流が流れることが心室細動の維持には有効である。実際に即した動物実験から心臓マッサージ15回に2回の人工呼吸による心臓マッサージの中断は冠動脈灌流圧の低下を来たすことから、むしろ心臓マッサージのみを行う方が冠動脈灌流圧を高く維持し、心室細動の維持に有利であるとされた。この根拠により、2人で行うCPRは心臓マッサージ:人工呼吸を従来、5:1の割で行っていたのが、15:1に変更された理由でもある。 AEDによる早期除細動が可能な救命救急体制では、意識がなく、循環のサインがない心停止患者に対して、AEDを持ってくるまでの時間、心臓マッサージのみを行った方が除細動可能な粗い心室細動の維持にむしろ有利である。AHA国際ガイドライン2000では、4分以内のCPR、8分以内の早期除細動が出来る体制づくりを求めている。AEDがすぐそばにあれば心停止後5分以内心臓マッサージを行わなくて早期除細動を行えばよいとしている。このことは、次に述べる米国のカジノにおける警備員によるAEDの実際使用例でも証明されている。
AEDが設置されている場合には、AEDを持ってくる間、心臓マッサージのみを行う方が、人工呼吸にて心臓マッサージを中断するより、除細動可能な心室細動を維持でき、循環の回復には有利である。 このAEDを用いたBLS(1次救命処置)の流れ図は、兵庫県医師会の会員を対象とした「AEDを用いたBLS講習会」の実技の手順である。 兵庫県は2006年に「のじぎく兵庫国体」が開催され、37競技を51市町の広域で行うことになっている。AEDを中核にすえたスポーツの安全管理を目指すために、医師会開業医を対象にAED300台の購入を計画している。 4.米国におけるAEDの実際応用例の紹介 1)カジノにおける警備員によるパブリック・アクセス除細動 米国の10ヶ所のカジノにおいて、警備員1350名に5時間から6時間のAED使用訓練を行い、1997年3月1日からAED救命体制がスタートした。以後32ヶ月間に32ヶ所のカジノ内で、148例の心臓突然死例が発生し、この内,105例(71%)が現場心電図上で心室細動であった。4例(4%)は現場死亡、35例(33%)は救急部にて死亡、10例(10%)は病院死亡で、56例(53%)が生存退院した。全症例148例中では38%が生存退院した。 カジノは警備上にテレビモニターが各所に設置されており、救急時の対応時間がモニターにて正確に把握できているのが特徴である。突然死の発生からAEDパッチ装着までの時間が3.5±2.9分、除細動までの時間が4.4±2.9分で、パラメディックの到着時間は9.8±4.3分であった。 心臓突然死発生から3分以内に除細動が行われた例では74%の生存退院が得られたに対して、3分以上の例では49%の成績であった。 2)航空機内および空港ターミナルにおけるパブリック・アクセス除細動 アメリカン・エアライン社は、AEDを飛行機内に装備するために、全搭乗員24,000人に4時間の講義と実技、1年ごとの1時間30分のリフレッシュコースと試験を行う教育プログラムを行い、1997年3月から飛行機内AED体制をスタートした。 1997年6月1日から1999年7月15日までに、200人(飛行機内191人、ターミナル内9人)に対してAED装着を行った。内訳は99名が意識消失、62名が胸痛、19名が呼吸困難などである。AEDを単に心室細動に対する除細動目的だけでなく、患者の心電図モニターとしても使用したのが特徴である。 200例中、15名の心室細動例に対して除細動を行い、6名(40%)が神経学的障害なしに無事退院した。 3)シカゴ空港でのAED使用実績報告 シカゴのオヘア, ミッドウェイ, メイグフィールドの 3空港(年間乗客数約1億人)において、1999年6月1日から2001年5月31日までの2年間の心臓突然死に対するAED使用の前向き研究を行った。緊急時には60-90秒以内に持って来られるように空港内の各所にAED(41台、10台、1台)を配置した。 2年間に3空港内で21例の心停止患者が発生した。その内18例(85%)が心室細動(VF)で、AEDの使用に関しては、16例に対して AEDの取り扱い訓練を受けていない旅行者、空港職員がAED施行し、訓練者は2名のみであった。その結果、11例が蘇生し、その内9例が5分以内の早期除細動を行った。8例が病院到着前に意識回復した。7例が死亡したが、その内3例は5分以内に除細動を施行したが蘇生できなかった。1年生存率は10例(56%)であった。 5.日本におけるAED導入に向けての現在の動き 従来、心室細動に対する除細動は医療行為とみなされ、医師法で医師以外は除細動ボタンを押すことが出来なかった。しかし、急増する心臓突然死対策の一環として、1992年4月より救急救命士制度がスタートし、心停止患者に対してAEDを使用し、医師の指示の元で除細動ボタンを押すことが出来るようになった。 AHA国際ガイドライン2000による国際的なAED導入の動きを受け、2001年12月にJLA国際線にAEDが搭載され、客室乗務員が医師の支持なしでも除細動ボタンを押すことが出来るようになった。2003年4月からは救急救命士もAEDを使用した医師の指示なし除細動が出来る予定になっており、ようやく、日本においても4分以内の心臓マッサージ、8分以内の救急救命士による早期除細動が可能になる。 兵庫県医師会健康スポーツ医学委員会では、2006年の「のじぎく兵庫国体」におけるスポーツ時の安全管理の中核にAEDを据え、総数300台購入を目標に、医師会員を対象に「AEDを用いたBLS講習会」を開催し、安全管理の啓発を行っている。 日本循環器学会は2001年3月にAED検討委員会を設立し、広く非医師による除細動を可能にすることを目的にしてAEDの導入の検討を開始した。2006年からは医師の2年間の卒後研修の中で、BLSとAEDを含めたACLSの修得が義務付けされることになっている。 |
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