NHK放送「視点・論点」:命の教育
私が米国に留学中であった、1986年1月22日のダイエー対日立のバレーボールの試合中にフロー・ハイマン選手が突然倒れ、試合が中断することなく、試合会場から担架で運び出されるテレビニュースが米国で放送されました。この時、ニュースを見ていた米国人から、「なぜ、日本人は心肺蘇生法をしないのか」との批判を受けました。 目の前で人が突然、倒れた時、すぐさま救急車を呼び、心肺蘇生法を行うという、米国では当たり前のことが、日本ではなされてないことを痛感いたしました。 米国では、30年前から中学1年生に保健体育の授業で心肺蘇生法を教えています。難しいことを教えているわけではありません。まず、「君たちは、自分のお父さんを助けるのだ」と明快な動機づけを行っています。心臓突然死は、45歳以上の男性に多く見られ、その内7割は家庭で倒れるためです。 目の前で人が倒れたら意識の確認をし、意識がなければ、誰に相談することなく、救急車を呼びなさいという、「命の教育」が、今の日本人に欠けているのです。 帰国後、兵庫県において、この「命の教育」の重要性を伝えるために、学校を中心に心肺蘇生法の普及を開始いたしました。 その後、全国の高等学校教育、自動車学校で心肺蘇生法が教えられるようになり、日本でも心肺蘇生法の名前だけは知られるようになりました。日本の心肺蘇生法普及は、ハイマン事故からスタートしたと言っても過言ではありません。 こうした中、昨年の11月21日の高円宮さま、23日の福知山および名古屋マラソンでのスポーツ中の心臓突然死事故が相次いで起こり、この事故をきっかけに心臓突然死の原因である心室細動に対して自動体外式除細動器(AED:Automated External Defibrillator)を使用した早期除細動を行うことが必要であるとの社会的認識が高まりました。 この背景には、2000年8月に全世界に向けて発表されました米国心臓協会の心肺蘇生法国際ガイドライン2000が、日本の救急医療体制に大きな影響を与えております。国際ガイドライン2000では、心臓突然死の原因は心室細動であるとし、そばにいる人がすぐさまAEDによる除細動を行うことが唯一の救命法であると明記されているからです。 心室細動は、心臓の筋肉が痙攣し、心臓からの血液の拍出がなくなる、いわゆる"心停止"の状態で、心停止後、1分除細動が遅れるごとに7%〜10%、救命率が減少すると言われています。 現在の欧米での救命率は25%前後でありまが、一般市民がAEDを使用した除細動を行うことにより、50%の救命率向上を目標に掲げております。ちなみに、日本の現在の救命率は3%であります。 脳障害を起こさずに救命するためには、心室細動に対して心停止後5分以内にAEDによる早期除細動を行うことが必要です。 平成15年の4月から、救急救命士法が改正され、救命士が現場で医師の指示なにし除細動を行うことができるようになりました。しかし、救命士が到着して除細動を行うまでの所要時間は、平均8分かかります。それでは手遅れになる確率が高く、救命士が到着するまでに一般市民は何をすべきか。それが心肺蘇生法です。 さらに、来年の4月からは、一般市民もAEDを使用できるようになります。まさに心室細動は一般市民が救える唯一の心臓病と言えます。 《AEDの実物を見せながらの説明》 これが、自動体外式除細動器(AED)です。
目の前で人が突然倒れ、意識がなければ、AEDの電極パドルを右前胸部と左側胸部に貼り付けるだけで、後はAEDの音声指示に従えばよいのです。 AEDは、心室細動の有無を自動的に解析し、もし、心室細動であれば、AEDから「通電が必要です」、「患者から離れてください。通電ボタンを押してください」と音声指示があり、除細動ボタンを押せばよいだけである。 心室細動でなければ、AEDは「除細動の必要はありません」と音声で知らせます。心室細動以外の原因で意識がないと判断し、救急車の到着を待つだけの時間的余裕が生まれます。 AEDは、心室細動以外には反応しない、小学生でも使える安全な機器です。 今後のAEDの普及啓発においても、心肺蘇生法の場合と同様に「意識の確認」が最も大切なポイントになります。 目の前で人が倒れたなら、すぐさま、「大丈夫ですか!」と声をかけ、頬や肩を叩きながら意識の確認を行う。 今後、展開されるAED普及運動は、「お互いの命を守る社会づくり」を目指した、社会の「安全・安心」の基盤となると考えます。 心肺蘇生法普及運動を通して、一般市民は「心肺蘇生法」という名前を知ったように、まず、AED普及運動にて「AED」という名前を知ることが第一歩となります。 当面は、AED講習会を受講した一般市民が現場での除細動を行うことになりますが、将来的にはすべての一般市民が心肺蘇生法を行うようにAEDにて除細動を行うことが社会常識になるのが理想です。
AED普及運動の戦略として、中学校、高等学校の保健体育の授業に心肺蘇生法教育に加えてAEDの重要性を教える積極的な「命の教育」が有効な手段となります。そのために、まず学校内にAEDを設置し、「生徒の命を守る学校づくり」からスタートすることが、将来のAEDの市民普及につながります。 心肺蘇生法は「命の教育」であり、「お互いの命を守る社会づくり」が、これからの高齢社会を支える重要なキーワードです。 「あなたは愛する人を救えますか? もし、目の前で愛する人が倒れたら、命を救うのはあなた自身なのです。」 愛する人には、夫婦や家族はもちろん、職場、地域などの隣人も含みます。心肺蘇生法は、より大きな人間愛に基づいた行為です。そのためにも、まず家族を救えるようにならなければなりません。 誰かが倒れたら、まず「大丈夫か」と声をかけ、意識がなければ、「救急車呼んで」、「AEDを持ってきて!」と叫び、すぐさま心肺蘇生法を行うように教えなければいけません。 心室細動は、AEDさえあれば一般市民が自分の手で救える唯一の心臓病です。AEDが一般に導入されるのは目前です。しかし、5分以内に使える人がいなければ役に立ちません。そこにいる人が「使い方を知らない」ではいけない。そのためにも、「命の教育」についてもう一度考える時期にきているのではないでしょうか。 |
Copyright (C) 2004 Hyogo Vitual Health Science Center