心肺蘇生法国際ガイドライン2005(G2005)
河村循環器病クリニック院長
河村剛史
1.はじめに:AED導入までの経緯
心肺蘇生法国際ガイドライン2000(G2000)は、心臓突然死、急性心筋梗塞(急性冠症候群)、脳卒中に対応した救命救急処置の国際統一ガイドラインである。その策定には、世界各国からの救命救急専門家が過去の報告された論文による根拠(エビデンス)に基いたもので、救急医療における絶対的な指針として世界各国に受け入れられている。
この国際ガイドラインの影響力は絶大で、「心臓突然死の原因は心室細動であり、その唯一の救命手段は早期除細動である」と明記され、AED(自動体外式除細動器)が普及シンボルとなった。
特に、米国における2000年10月のAEDを全米で普及させる関連法案(Cardiac Arrest Survival Act;CASA), 次いで連邦航空局が全旅客機に3年以内に搭載することを義務づけたこと、さらには2003年度にはAED普及促進のために予算化されたことなどが、全米の各施設にAEDが設置されることになり、救急医療の世界の常識が一般社会の常識となった。
日本においては2000年の段階では、医師法17条により除細動は医師のみに認められた医療行為であるために、AEDの普及のきっかけにはならずG2000の中で発表された“循環のサイン”を取り入れた一次救命処置(BLS)の手順の変更にとどまった。
2002年11月、高円宮殿下のスポーツ時の心室細動による心臓突然死、次いで福知山、名古屋でのマラソンにて3人の心臓突然死が話題となり、スポーツ時の心臓突然死対策にAEDが必要であるとの認識が高まった。
兵庫県医師会では2006年に開催する「のじぎく兵庫国体」における救命救急対策の一環として救護班として出務する医師のAEDを携帯することを目標に掲げた。
2001年11月から医師会医師を中心にAED講習を開始し、高円宮殿下の時には国内に200台しかAEDがなかったが、すでに兵庫県には150台のAEDを医師が購入していた。
2003年6月に筆者らが構造改革特区に「非医師による自動体外式除細動器(AED)の使用」(管理コード090151)を提案したことを受けて、厚生労働省は2003年11月に「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用のあり方検討会」がスタートし、遂に2004年7月1日に一般市民によるAED使用が認められた。
ILCOR(International Liaison Committee on Resuscitation、国際蘇生連絡協議会)は、AHA(American
Heart Association 米国心臓協会)がスポンサーとなり、2000年以後に発表された科学的論文を検証し、2,005年11月28日に心肺蘇生法国際ガイドライン(G2005)を発表した。
今回、AEDを使用した成人BLS(一次救命処置)中心にG2005を紹介し、G2000との相違点を述べたいと思う。
2.ヘルスケアプロバイダーが行う「AEDを使用した成人BLS」の手順
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1)意識の確認
「大丈夫ですか」と声をかけ、肩を叩き刺激を与える。反応がない場合には、すぐさま「救急車(119番)を呼んで!」、「AEDを持ってきて!」と叫ぶ。
2)気道の確保
頭部を後に傾け(頭部後傾)、頤(あご先)を挙上して気道を確保する。
呼吸がなければ、人工呼吸(rescue breaths)を2回行う。一回の呼吸は1秒で、吹き込む空気の量は胸が動く程度でよい。
フェイスマスクあるいはバッグ・バルブ・マスクが手元にない場合には直接口対口人工呼吸は行わなくてよい。G2000推奨のフェイスシールドは感染防止にならない。
3)頸動脈の拍動の触知
拍動触知に10秒以上かけてはいけない。一般市民では、頚動脈の拍動は行わず、意識と呼吸がなければ心停止と判断してよい。G2000推奨の“循環のサイン”は行わない。
4)連続心臓マッサージ
意識、呼吸、(頸動脈の拍動)がなければ、すぐさま連続心臓マッサージを1分間100回の割りで、AEDあるいは救急隊が到着するまで行う。
フェイスマスク、バックマスクがあれば、心臓圧迫:人工呼吸=30:2の割合で行う。
見知らぬ人の場合には、人工呼吸は行わずに、連続心臓マッサージのみを行えばよい。
5)AEDの電極パッドの装着、心電図の自動解析
AEDの音声に指示に従う。
6)除細動の一回通電
単相性AEDの場合には、360ジュール一回。2相性AEDの場合には、150〜200ジュール1回、機種(日本では発売されていない)によっては120ジュール一回通電を行う。
7)2分間のCPR
除細動後のリズム判定は、すぐには行わず、2分間のCPRを行って後に効果判定を行う。この時期においては、人工呼吸を行うことが重要である。
この場合に、AEDと併せて持参したフェイスマスク、バッグバルブマスクを使って、2人で行うCPRを行う。心臓圧迫:人工呼吸=30:2の割合で行う。小児の場合には、心臓圧迫:人工呼吸=15:2の割合で行う。
8)効果判定のための心電図の自動解析
G2000対応AEDでは従来通りの音声指示に従う。
9)循環の回復あるいは除細動の2回目通電
AEDが「除細動の必要なし」とのメッセージがあっても、意識、呼吸がなければ心肺蘇生を続行する。
今回のG2005の中で変更できるのは、1)意識、呼吸がなければ、すぐさま心臓マッサージを行う、2)人工呼吸は、フェイスマスクあるいはバックバルブマスクが手元にある時に心臓マッサージ:人工呼吸=30:2の割りで人工呼吸を行う、3)AEDが「除細動の必要なし」と判断しても心肺蘇生法を持続することの3点くらいである。
G2005にてマニュアルが変更になっても、プログラム変更ができない旧タイプのAEDを所持している人はG2000の音声指示に従わざるを得なくなる。旧タイプAEDも医療機器として認可を受けた機種であり、法的にも問題はない。
結果的には、著者が作成した「AEDを使用した心肺蘇生法」CD-ROM&DVDがG2005に近いものとなった。
河村循環器病クリニックのホームページ(http://www.kawamura-cvc.jp/)に掲載している。
2.無脈性心室頻拍・心室細動の時間的経過による心電図変化
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図は致死性不整脈の発生機序と時間経過を短縮して示したものである。正常な心電図は正常洞調律といい、P波、QRS波、T波から構成されている。
T波の頂上より前15〜30msecのタイミング(受功期)が心筋の興奮性が高まっている時期で、このタイミングに心室性期外収縮あるいは前胸部からの心臓への機械的外力(心臓震盪)が加わった時に心室性頻拍が発生する。
心室頻拍が発生しても血圧が維持され意識がある場合には除細動は患者の非常な苦痛を与えるために行ってはいけない。救急医療は抗不整脈の点滴静注を行う。
心室頻拍は治療を行わないと心拍数の増加に伴い血圧が50mmHg以下に低下し、頸動脈の拍動が触れ難くなるにつれ意識の消失が起こる。この状態を無脈性心室頻拍(脈なし心室頻拍)という。
無脈性心室頻拍では、意識は消失しているが、心臓からの血液の拍出は不十分ながら維持されており、虚血は進行するが最低限度の脳循環,冠循環は保たれた状態である。
AEDの適応は、意識のない患者、すなわち無脈性心室頻拍、次いで起こる心室細動で、両者を含めて心停止と定義つけている。
無脈性心室頻拍を放置すると心筋が無秩序に収縮する(ケイレンする)心室細動に移行する。この状態を心臓から血液の拍出がまったくない状態、循環停止と定義つけている。
循環停止状態では、全身に組織に酸素が供給されない虚血状態となる。脳組織の虚血許容時間は、常温では4分間といわれ、4分を過ぎると脳細胞に不可逆性変化が起こり、心拍が再開し、循環が回復しても致命的な脳障害を引き起こすことになる。
心室細動に陥った心臓が心筋組織の不可逆変化を起こすまでの虚血許容時間は常温で30分間と言われているが、電気生理学的には時間経過と共に興奮電位の波高幅が大きい“粗い心室細動”から“細かい心室細動”に徐々に移行し、遂には表面電位では見えない微小電位の心静止となる。
AEDによる除細動は、表面電位の波高幅が0.08mV以上を心室細動と自動認識する。脳細胞の虚血許容時間の4分を経過すると、心室細動の波高は“粗い”から“細かい”に移行し、AEDは心室細動を自動認識しなくなる。
すなわち、AEDが心室細動を自動認識する波高幅であれば、脳組織の許容時間が4分以内であり、別の見方をすれば除細動により自己循環が回復すれば脳蘇生が可能であることを意味している。
3.心停止後の除細動時間と救命率の関係
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図はG2000およびG2005で公表された心停止から除細動施行までの除細動時間と救命後の病院退院率との関係を示したものである。
G2000では、心停止後に心肺蘇生法を行わない場合には除細動施行が1分遅れるごとに救命率(病院退院率)は7〜10%減少すると明記されている。
病院退院率50%を目標救命率として設定し、心停止5分以内であれば心肺蘇生法を行わずにAEDをまず使用する「AED, First」“まず、AED”を推奨した。
手元にAEDがない場合は、心肺蘇生法を行い、AEDあるいは救急隊の到着により心停止後8分以内に除細動を行うことができれば、病院退院率50%を達成できるとした。
G2005では、意識と呼吸がなければ、すぐさま心肺蘇生法を行い、できるだけ速くAEDによる除細動を行う「AED, Fast」“迅速なAED”に軌道修正された。
この変更の背景には、世界最高の市民による救命率を誇るシアトル市において、AED導入後に期待された救命率の向上が得られず、むしろ減少していた。その原因として、AEDによる除細動を優先しすぎたために、除細動前の心肺蘇生法の施行率が減少したためである。
別の見方をすれば、G2000におけるAEDによる除細動を最優先する方式から、G2005ではAHAガイドライン1996の原点に戻り、心肺蘇生法を基本に据えた「Chain of Survival」“救命の鎖”の原則に従ったものとなった。
G2005では、心停止後、除細動が1分遅れるごとに救命率は3〜4%減少すると明記され、バイスタンダーによる迅速な心肺蘇生法の施行により2倍の救命率が得られるとした。
4.AED除細動前の連続心臓マッサージの有用性について
心室細動による循環停止による心筋虚血は時間の経過とともに除細動が有効な“粗い心室細動”から除細動は無効な“細かい心室細動”に移行し、その猶予時間は脳虚血猶予時間の4分とほぼ一致する。
有効な除細動を行うためには、“粗い心室細動”を維持する必要がある。そのためには心臓マッサージよる有効な冠動脈潅流を維持することがポイントとなる。心臓マッサージ施行時の冠動脈血流を得るためには冠動脈潅流圧(=大動脈拡張期圧―右房圧)が高いほど有効となる。
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図の動物実験データが示すごとく、連続心臓マッサージを行った方が冠動脈潅流圧を増加させ、途中に人工呼吸による心臓マッサージの中断は冠動脈潅流圧の低下を来たすので不利となる。
マネキン人形を使った素人の心肺蘇生法では、従来の心臓マッサージ:人工呼吸=15:2方式では1分間の内,約12秒間を下手な人工呼吸に費やしており、この間には冠動脈血流は中断することになる。
幸いに、心停止直後の血液内酸素は呼吸を行わなくても十分に存在しており、AEDが身近にある場合にはAEDが到着するまで連続心臓マッサージを行うことが除細動効果を高めることになる。
目の前で見知らぬ人が突然、倒れた場合に、直接的口対口人工呼吸を行うことには抵抗がある。G2005では、最初2回の人工呼吸(rescue breaths)の手順が記載されているが、現実的には連続心臓マッサージ後のAED施行方式が主流となる。
6.AEDによる除細動回数の変更:3回連続通電方式から1回通電方式
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G2000では、AEDによる通電は3回連続で行い、除細動効果がない場合には1分間の心肺蘇生法を行った後に、再度、AEDによる除細動を試みることになっていた。
3回連続通電方式では、この間、AEDの音声指示により患者から離れ、心臓マッサージを行わない時間(hand-off time)が除細動効果を低下させていた。
G2005では、AEDによる通電は1回とし、通電後にすぐさま心肺蘇生法を2分間行った後に、心電図リズム解析を行う方式に変更された。
AEDの除細動の通電波形には、旧タイプの単相性波形(monophasic)と新機種の2相性波形(biphasic)がある。新ガイドラインでは、単相性AEDの場合では360ジュール、2相性AEDの場合では150−200ジュール(biphasic
truncated exponential waveform)、あるいは別の機種では120ジュール(rectilinear biphasic
waveform)の1回除細動を推奨している。
この理由として、心肺蘇生法を行わない自然経過では、心筋内の酸素が枯渇し、約4分で除細動可能な“粗い心室細動”から除細動できない“細かい心室細動”に移行する。G2000方式のAEDでは、1回目除細動からリズムチェックに約30秒時間を消費する。
1回目除細動が失敗した場合には、心肺蘇生法による冠潅流により心筋虚血の改善がなければ心室細動の波高はさらに細かになり、エネルギー出力を増加しても2回目の除細動の成功率は低下する。
最近の研究では、2相性AEDによる1回除細動の成功率が90%を超えており、心停止後にすぐさま心肺蘇生法を行い、迅速な除細動を行うG2005方式がもっとも現実的である。
7.AEDによる除細動後の心肺蘇生法の有用性について
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除細動後の心電図は、除細動直後は心静止の状態が数秒続いた後、房室結節からの接合部調律が起こり、次いで洞調律に復帰する。しかし、心電図が正常洞調律に回復しても、循環停止による心筋虚血あるいは心室細動の原因疾患(心筋梗塞)による心機能低下により低血圧状態が1,2分持続する。この間、心臓マッサージ:人工呼吸=30:2の心肺蘇生を行い、循環状態を維持することが心室細動の再発予防になる。
この際の人工呼吸に関しては、AEDの付属品として持参したフェイスマスクあるいはバッグバルブマスクを使用すればよい。
1回目除細動後2分間の心肺蘇生法を行うことにより、除細動が成功の場合には循環動態の維持につながり、除細動が不成功の場合には冠潅流の維持することにより心室細動の波高を増加させ2回目除細動の成功率を高めることになる。
8.人工呼吸による感染防止について
1986年、1992年のAHAのCPRマニュアルでは、AIDSやC型肝炎などのウィルス疾患患者であっても、口対口人工呼吸によって感染した事例はなく、口腔内出血がある場合には感染対策が必要とされていた。
G2000では、感染の恐れはなくても心理的に躊躇する社会的風潮を反映して、直接口対口人工呼吸をやりたくないなら心臓マッサージのみでもよいとの記載に変わった。
AEDが1次救命処置(BLS)の手順に組み込まれたことに併せて、ヘルスケアプロバイダーに対しては従来、2次救命処置であった器具を使った気道確保としてフェイスマスク、バッグバルブマスクによる人工呼吸がBLSの手順に入り、一般市民には、フェイスシールドを介した間接的口対口人工呼吸法を推奨した。
しかし、G2005では、フェイスシールドは感染防止にはならないと明記され、人工呼吸にはフェイスマスクあるいはバッグバルブマスクを使用することを推奨している。
今後の流れとしては、目撃された心停止患者の場合には、AEDあるいは救急隊が到着するまですぐさま連続心臓マッサージを行い、フェイスマスクあるいはバッグバルブマスクが手に入った時点から心臓マッサージ:人工呼吸=30:2の心肺蘇生法を行う方式に次の2010年ガイドラインが変更されると予想している。
9.今後の問題点
G2000の段階では、ガイドラインとAED操作とは一致していたが、G2005からはすでに使用されているAEDすべてが旧タイプとなり、AEDメーカはG2005に則したAED機器を製造、出荷することになる。
すでに出回っている多数の旧タイプAED の除細動エネルギー出力の変更や内蔵されている音声指示の変更などのプログラム変更は不可能である。
日本において医療機器として認定されているAEDを従来通りに使用しても法的にはまったく問題はない。
AEDの使用は、音声指示によって操作を行うことになっており、たとえAEDが旧タイプであってもその音声指示に従わざるを得なくなる。むしろ緊急時に音声指示に従わない方が混乱することになる。
10.おわりに
AEDは心室細動を自動診断する機能を備えた除細動治療機器で、一般市民が使用できるようになったことは画期的なことであった。今回のG2005は臨床の現場で行っているマニュアル除細動治療の考え方により近いものとなった。
ACLS(2次救命処置)では、心電図モニター下でマニュアル除細動器を使用し、心室細動は電極パドルを患者の胸に当てた瞬間に判断し、通電ボタンを押すことができる。臨床現場では通電ボタンを押す直前まで心臓マッサージを行っており、除細動直後の心電図モニターからすぐに除細動効果を判定できる。
2006年に開催する「のじぎく兵庫国体」における救命救急対策の一環として、兵庫県医師会が2001年11月から医師会医師を中心にAED指導者講習会を開催し、来るべき一般市民に対するAED講習会に備えた。
国体競技が開催される県内の全市町の147競技会場を中心にAED救命体制を確立し、県医師会が先頭に立って大会関係者、ボランティア全員にAED講習を行い、「AED国体」と呼ばれるように全県的規模で県民にAEDを広めたいと計画している。