メタボリックシンドロームの保健指導の問題点
ーハイリスク者に対する安全対策ー
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史 |
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「標準的な健診・保健指導プログラム」における危険因子により階層化された保健指導では、メタボリックシンドローム該当者は「積極的支援」あるいは「受診勧奨」に相当する。
本症は心筋梗塞、心臓突然死、脳梗塞を発症する可能性が高いハイリスク群であり、運動指導時の安全性の確保からも「積極的支援」ではなく、「受診勧奨」として医療機関が中心的役割を果たすべきものと考えている。
医療機関では、個人個人の“かかりつけ医”として、保険医療として認められている「生活習慣病管理料」の積極的活用を行い、医師は運動指導時のリスク診断を行う。
患者、医師、運動トレーナーが心事故、脳事故のリスクを共有し、共にリスク軽減に向けて生活習慣を改善する安全指導を行うことが理想である。血液検査は効果判定にもっとも有用な手段である。
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メタボリックシンドロームの保健指導の問題点:ハイリスク者に対する安全対策
1. はじめに
平成17年4月に内科系8学会は「メタボリックシンドローム」の疾患概念と診断基準を発表して以来、新聞、テレビなどのマスコミに大きく取り上げられ、社会的関心が高まっている。
厚生労働省は、平成20年度から40歳から74歳の被保険者と被扶養者に対する特定健康診査(糖尿病その他の政令で定める生活習慣病に関する健康診査)と特定保健指導(特定健康診査の結果により健康の保持に努める必要のある方に対する保健指導)を保険者に義務づけた。
今後、健保組合などの医療保険者が、健診者の中からメタボリックシンドローム該当者をスクリーニングし、医師、保健師、管理栄養士が早期に介入して食習慣や運動習慣の行動変容につながる保健指導を行う。
その保健指導の詳細については、「標準的な健診・保健指導プログラム(暫定版)」、「保健指導における学習教材集(暫定版)」がホームページに公開されている。
(http://www.niph.go.jp/soshiki/jinzai/koroshoshiryo/index.html)
メタボリックシンドローム該当者は、心筋梗塞、心臓突然死、脳卒中を発症するハイリスク群で、特に運動指導にはリスク診断と安全対策が必要である。
兵庫県医師会健康スポーツ医学員会では、メタボリックシンドローム該当者に対して「生活習慣病管理料」の活用を考え、健康スポーツ関連施設連絡協議会に加盟しているフィットネスクラブのインストラクターと連携して、ハイリスク群を対象に安全に運動指導を行う体制づくりを行っている。
今回、メタボリックシンドロームに対する運動療法の危険性と有用性を述べ、平成20年度から実施される医療保険者の保健指導の問題点を考える。
2. メタボリックシンドロームの運動指導における危険性の認識:
心筋梗塞、心臓突然死、脳卒中は予知不可能で、安全対策が唯一の予防対策である。
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急性心筋梗塞を起こした責任冠動脈の狭窄病変を調べたFusterらの報告では、激しい運動でも無症状である50%以下の狭窄が68%、安静時は無症状である50%から70%の狭窄が18%であった。
心筋梗塞の発症原因は、冠動脈内プラークが破綻し、血小板血栓による急性冠動脈内閉塞であると疫学的な証明がなされ、急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome, ACC)の新しい疾病概念が一般化した。
メタボリックシンドロームは過食と運動不足によって内臓脂肪が蓄積された内臓脂肪型肥満が原因である。
内臓脂肪細胞は、単なるエネルギー貯蔵所ではなく、アディポサイトカインといわれる多彩な生理活性物質を分泌するホルモン臓器であり、これらのホルモンの異常分泌によってメタボリックシンドロームの病態を引き起こすのである。
アディポサイトカインの中で、TNF-αはインスリン抵抗性、血管内皮機能障害を引き起こし、また、アンジオテンシノーゲンは高血圧、PAI-1は血栓促進の原因となる。こうした状況下で、血管内膜にプラーク(脂質コア)が形成され、血管内膜の炎症によりプラーク皮膜の破綻を契機に血管内血栓が形成される。
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冠動脈疾患の評価には、通常,冠動脈造影(CAG)がおもに用いられてきたが,近年,血管内超音波検査法(IVUS)を用いた研究が行われるようなり、冠動脈疾患についての新知見が判明してきた。
従来、冠動脈狭窄から心筋梗塞にいたる経過として、血管壁で内部への脂質蓄積により形成されたプラークが徐々に大きくなり,血管内腔の狭窄度が高まる。一定以上(75%以上)の重度狭窄に至ると労作時狭心症が現れ,また,その重度狭窄部位に血栓が生ずると心筋梗塞に至ると考えられていた。
最近の知見では、プラーク生成・進展に伴い血管径の拡大することをポジティブ・リモデリング(Glagov現象)といわれており、冠動脈内腔の狭窄(ネガティブ・リモデリング)の方が少ないと言われている。
プラークが大きくなるにもかかわらず血管内腔径が減少しないのは,血管壁の外弾性板径が拡大し,血管径そのものが外側に拡大するためで、かなり重症化し冠動脈病変が進展しない限り,血管内腔径は変化しない。
ACS発症の原因となるのは「豊富な脂質コア」が「薄い線維性被膜」に覆われているプラークであり、ポジティブ・リモデリングがACS発症リスクを増大させる。
IVUSによる研究では、不安定狭心症例でポジティブ・リモデリングが多く見られ,逆に安定狭心症(労作時狭心症)ではこうしたリモデリングが見られないという所見とも一致する。
冠動脈疾患の危険因子が重複しているメタボリックシンドロームでは、常にプラークの存在を念頭に置き、運動指導を行わなければならない。
従来から行われている運動負荷試験では、年齢別最大心拍(=220−年齢)の85%に達する運動強度の負荷を行い、心電図異常があれば陽性と見なし、75%以上の冠動脈狭窄の存在を疑った。
男性45歳、女性55歳以上の動脈硬化年齢では、運動負荷により急激に血圧が増加する運動時高血圧が起こることが多い。
メタボリックシンドロームでは、プラーク表面が破綻しやすい状況にあり、運動時高血圧により“ずり応力”による機械的刺激がACS発症のきっかけになると考えられる。
3. 厚労省「標準的な健診・保健指導プログラム(暫定版)」について
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平成17年12月1日の「医療制度改革大綱」において。「生活習慣病予防の徹底」をはかるために、医療保険者に対して、平成20年度から健診・保健指導の実施を義務づけることとされた。
政策目標は、7年後の平成27年には平成20年と比較して糖尿病などの生活習慣病有病者・予備群を25%減少させることとしており、中長期的には医療費の伸びの適正化を図ることとされた。
「標準的な健診・保健指導プログラム」では、健診結果および質問事項により、対象者を生活習慣病の危険因子の数に応じて階層化する。
危険因子の少ない者に対しては、生活習慣の改善に関する動機づけを行うこととし、危険因子の重複がある者に対しては、医師、保健師、管理栄養士などが早期に介入し、確実に行動変容を促すことを目指す。
そして、対象者が健診結果に基き自らの健康状態を認識した上で、代謝などの身体のメカニズムと生活習慣(食習慣や運動習慣など)との関係を理解し、生活習慣の改善を自らが選択し、行動変容に結びつけられるようにするものである。さらに、現在危険因子がないものに対しても、適切な生活習慣あるいは健康に維持・増進につながる「情報提供」を行う。
4. 健診受診者全員に対する階層化された保健指導
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危険因子に基づく優先順位をつけ、保健指導の必要性に応じて「情報提供」のみ、個別面接を含んだ「動機づけ支援」、3ヶ月から6ヶ月程度の支援プログラムの「積極的支援」を行う。
メタボリックシンドロームの診断基準における必須条件である臍周囲径(男性>85cm、女性>90cm)を満たす内臓脂肪型肥満者で、上記の喫煙を含めた6つの危険因子の内、2つの危険因子を持っている場合、「積極的支援」に該当する。
危険因子を持っていない、もしくは1つの危険因子を持っている場合、「動機づけ支援」に該当する。
保健指導の検査基準値は、医学会の診断基準よりも低く、血糖値:100〜126mg/dl、HbA1c:5.5〜6.1%、LDLコレステロール:120〜140mg/dl、血圧:130−140/85−90mmHgとなっている。
男性45歳、女性55歳以上の動脈硬化年齢では、激しい運動では血圧が急激に上昇し、運動時高血圧となる。冠動脈内や頸動脈内にプラークが存在している場合、心筋梗塞、心臓突然死、、脳梗塞の発症のきっかけとなる。不安定プラークは初期の段階でも存在する。
従って、医師の指導の下でリスク診断を行い、メタボリックシンドローム患者とリスクを共有した安全な運動指導が求められる。
5. メタボリックシンドローム該当者に対する「生活習慣病管理料」の活用
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メタボリックシンドローム該当者に対して、危険因子により階層化された保健指導では、「積極的支援」あるいは「受診勧奨」に相当する。
本症は心筋梗塞、心臓突然死、脳梗塞を発症する可能性が高いハイリスク群であり、逆に指導時の安全性の確保からも「積極的支援」ではなく、「受診勧奨」として医療機関が中心的役割を果たすべきものと考えている。
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医療機関では、個人個人の“かかりつけ医”として、保険医療として認められている「生活習慣病管理料」の積極的活用を行う。
その基本指導内容は、第1次治療として、生活習慣の改善を指導する。(1)適度なカロリー制限 (2)適度な身体活動量の増加、(3)食事内容の変更、(4)
最初の1年程度で5〜10%の体重減少、である。
生活習慣の改善が十分でなく、あるいは改善されても心血管疾患の危険因子の軽快が見られない場合には第2次治療として、高血圧、脂質代謝異常、高血糖(インスリン抵抗性)などの病態に薬物療法を行う。しかし、薬物療法は、あくまで対症療法であり、生活指導時の安全性を高めるためのものであり、内臓脂肪を減少させる生活習慣の患者指導を怠ってはならない。
具体的には運動療法を始める前に、問診、血液検査、安静時心電図、運動負荷試験などを行う。その上で、高血圧治療ガイドライン2004の基準に従って危険因子に基づいたリスク診断を行い、日常生活上の安全運動強度の上限を決定する。
日常生活における内臓脂肪を燃やす有酸素運動として脊椎ストレッチウォーキングを指導する。安全面対策として、運動前の水分補給の指導を徹底する。
フィットネスクラブとの連携においては、健康スポーツ関連施設連絡協議会公認インストラクターの指導を受ける。
企業健診においては、契約産業医が健診結果からメタボリックシンドローム該当者を診断する。労災保険2次健診制度を積極的に活用し、労災保険認定医療機関に紹介する。
このように健康診断はメタボリックシンドローム患者の割り出しの最前線(スクリーニング)であり、将来の心筋梗塞および脳梗塞発症の原因であるアテローム性血栓症の予防指導が医療機関の役割となる。
今後、国民医療費の高騰の中、住民健診、企業健診における癌およびメタボリックシンドロームの早期発見・早期治療が予防医療の主流になるものと考えている。
6. 生活習慣病管理のための療養計画書作成ツール
兵庫県医師会健康スポーツ医学委員会では、将来の電子カルテ時代に対応した「生活習慣病管理マニュアル」CD-ROM(マニュアルCD)を作成し、メタボリックシンドロームに対する予防医療に一般開業医の積極的な参加を呼びかけている。
保険医療として認められている「生活習慣病管理料」には、高血圧、高脂血症、糖尿病の中から主疾患を一つ選択し、生活習慣改善に関する指導内容について3ヶ月ごとに「療養計画書」を作成して患者との間で実施契約を交わすことになっている。
療養計画書の作成には、1)問診:家族歴、運動習慣、食習慣、喫煙習慣、2)身体計測:身長、体重、BMI, 臍周囲径、体脂肪率、安静時血圧、3)血液生化学検査、4)安静時心電図、運動負荷心電図、運動時血圧、などの基本データが必要である。
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運動指導に際し、高血圧治療ガイドライン2004の基準に従って危険因子に基づいたリスク診断を行い、日常生活上の安全運動強度の上限を決定する。
身体活動量の目安は、厚労省の「健康づくりのための運動指針2006」(運動指針)に従い、週23個(メッツ・時)の活発な身体活動(運動・生活活動)、そのうち4個は活発な運動を行う。
県医師会健康スポーツ医学委員会では、日常生活における有酸素運動としては脊椎ストレッチウォーキング法の指導を推奨している。週23個の身体活動を歩数の換算すると、1日当りおよそ8,000〜10,000歩位になる。また、週4個の活発な運動は速歩なら約60分に相当する。
食事摂取量を変えないままで内臓脂肪を確実に減少させるためには、週に10個程度かそれ以上の運動量を増加させることにより、1か月で1〜2%近くの内臓脂肪が減少することが期待できる。30分間の速歩を週5回行うと10個の運動量に相当する。
栄養指導には、食習慣についての簡単な問診項目の自動解析に基づき、全体の食習慣の偏りを指摘する。
3ヶ月間の生活習慣の改善目標を患者との間で「約束事項」として確認する。約束事項は患者が実行できると約束した項目であり、患者とかかりつけ医との間で取り交わした生活習慣の改善内容の同意書である。
メタボリックシンドロームに対する生活指導は、従来のような標準体重にまで減量することではなく、一年間で体重の5%〜10%の減量を食事内容と有酸素運動により達成する実現可能な目標設定である。
1ヵ月ごとの外来診察では、約束事項の再確認を行い、生活習慣改善の効果判定には身体計測よりも血液生化学検査が有効である。また、高血圧患者には、毎日の起床時と就寝前の2回の血圧、心拍の記録を習慣づけることが大切である。3ヶ月後ごとに再度、リスク診断を行い、新たな「療養計画書」を作成する。
7. メタボリックシンドロームの保健指導の本質は、「自らを知る」ことである。
正しい生活習慣を維持する動機づけは、心筋梗塞、脳梗塞の発症を恐れる“病気の不安”ではなく、病気の予防のため自らの身体の状態を知り、生活習慣改善に向けて個人個人が取り組む努力こそが“安心への手ごたえ”である。
心筋梗塞、脳梗塞の病態は、過食と運動不足による内臓脂肪蓄積により引き起こされることを広く社会にアピールする必要がある。
医療機関がメタボリックシンドローム患者を治療するメリットは、リスク診断にもとづき「生活習慣病指理料」の保険適応を行い、その中で定期的に血液検査を行い、目に見える内臓脂肪減少のマーカとして患者指導に活用できる。たとえ短期間であっても患者の生活習慣改善の成果をこまめに評価することが患者自身の“手ごたえ”となり、この後の正しい生活習慣の維持努力につながる。
【参考】
「生活習慣病管理マニュアル」CD-ROM(マニュアルCD)の購入希望者は、県医師会健康スポーツ医学委員会担当まで。
心筋梗塞予防、脳梗塞予防の具体的アプローチに関しては、河村循環器病クリニックのホームページ:http://www.kawamura-cvc.jp/ 、脊椎ストレッチウォーキングに関しては、健康スポーツ関連施設連絡協議会ホームページ:http://www.health-jp.net/ に掲載している。
心肺蘇生法ガイドライン(G2005)対応の「AEDを用いた心肺蘇生法」CD・DVDの購入希望者は、健康スポーツ関連施設連絡協議会担当まで。